SF-03 自由で不自由な空間

SFぶつり―重力編― SF03

 惑星上または宇宙ステーション内の人工重力下でない限り,宇宙を舞台としたSFの場面の多くは無重力空間である。しかし,周囲に何がしかの天体が存在する限り,宇宙の中にあって万有引力がゼロという意味での無重力の空間などあり得ない。もちろんここでいう「無重力」とは,重力のなすがままにそれにさからうことなく運動している宇宙船や宇宙ステーション内の無重量状態をさしている。

無重力空間の不自由

 上記のような系の中では,すべての物体はそれが受ける重力に対し,大きさが等しく逆向きの「みかけの力」=慣性力を受けるから,その合力はゼロとなり無重量となるわけだ。

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 SF-01では無重力が人間に与える否定的影響について述べた。それ以外には無重力空間というのは,重力に縛られることがない自由な空間であるように思える。しかし,よく考えてみるとなかなかこれがやっかいな不自由空間であることがわかる。
 無重力空間の不自由の最大の要因は,惑星のような巨大な質量をもつ物体が近くにないということである。われわれが自分の身体なり他の物体なりを移動させようとするとき,力が必要である。物体はある力をある時間受けることによって,受けた力積(力×時間)に等しい運動量を獲得する。この運動量‐力積の関係は,本質的に運動の第2法則,加速度‐力の関係と同等であり,表現が異なるだけだ。

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m\displaystyle\frac{{\it \Delta}v}{{\it \Delta}t} = F \quad \Longleftrightarrow  m{\it \Delta}v = F{\it \Delta}t
 加速度←力      運動量変化←力積

 しかるに,力または力積は第3法則(作用反作用の法則)にある通り相互作用であるから,必ず相手があり,物体が力を受けて右向きの運動量を得るときに,その相手は左向きの運動量を得なければならない。例えば人が地面をけって前に進むとき,地球は後ろ向きの運動量を得ているのである。ただ,地球のように巨大な質量をもつものが相手であれば,反作用によってそれが得る速度は無視できるということだ。
 無重力空間において宇宙ステーションのように比較的質量の大きな相手があれば,地球上と同じように無視できるような速度をその相手に与えることで,人や物体は運動量を得ることができる。しかしその相手がなかったり,相手の質量があまり大きくないとやっかいなことになる。

(2) 船外活動中の事故

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 衛星軌道を公転するシャトルとともに動く空間は,まさに無重力である。船外活動中にシャトルにつながれた命綱が切れて,漂流状態になったパイロットは,どうしたらシャトルにもどれるだろうか?

 そのままでは,パイロットはシャトルにもどることはおろか,身体をシャトルの方に向かせることすらできない。まず,シャトルの方を向くためには,切れたロープの切れはしをカウボーイの投げ縄のようにいきおいよくふりまわすことである。ロープに回転の運動量(角運動量)を与えることによってはじめて,自分が逆向きに回転することができるのだ。

 また,シャトルに向かって移動するためには,幸いにも手に持っていたスパナを逆方向に投げるのがいいだろう。その結果,スパナとパイロットは大きさが等しく逆向きの運動量を得ることになる。いいかえれば,全体の重心は動かすことができないから,質量の配置を変えるしかない。すなわち,質量のある物体を手放す以外に移動の方法はないのである。ロケットによる推進も,まさに質量をもったガスに逆向きの運動量を与えることによって実現しているのだ。

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(3) ふたたび宇宙ステーションについて

 漂流したパイロットのところでも触れたように,回転の運動量においても同じことがいえる。すなわち,何らかの相手に逆向きの回転の運動量を与えることによってはじめて,物体は回転をすることができる。

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 宇宙ステーションに回転を起こすには,対称位置に設置した小ロケットの噴射による方法があるが,例えば,中心軸を逆向きに高速回転させることでそれを実現することも可能である。ただ,この場合発着のためには回転せず静止したままの部分もつくった方がよいかもしれない。静止部分の内部に回転起動の動力が入ることになるだろう。もちろん必要な回転数を得たならば,摩擦力とつりあうわずかな力を与えるだけで,あとは慣性によって回転が持続する。

(初稿:2007/06/11)