地球上の物体が受ける慣性力に関する覚え書き

地表系における運動方程式

地表に固定された系の慣性系に対する加速度運動の大部分は,地球の自転による
ものである。遠心力のみを比較すると,自転の遠心力が重力の約1/300であるのに
対して,公転の遠心力はさらにその1/5に満たない。自転の遠心力は地表の位置
によって一定であるために,地上の立場からは地球の引力とともに「重力」を構
成するとするのが実質的であり,その合力の方向を「鉛直方向」と判断する私た
ちの感覚にも合致する(地球の形状が遠心力を加味した等ポテンシャル面にほぼ一
致し,私たちは赤道方向にふくらんだその面を「水平面」と呼んでいることを思
い起こそう)。以後の議論は,自転によって生じる慣性力についてのみとし,公
転その他については無視する。
 一般に地表系に対する質点m運動方程式は,

\ddot{\boldsymbol{r}}=\displaystyle\frac{\boldsymbol{F}}{m} + \boldsymbol{g} + 2\dot{\boldsymbol{r}}\times\boldsymbol{\omega} + \boldsymbol{\omega}\times(\boldsymbol{r}\times\boldsymbol{\omega})

と書ける。\omegaは自転の角速度ベクトルである。第1項は外力,第2項は遠心力を含む重力,第3項はコリオリの力,第4項は原点を離れることによる遠心力の付加項を表している。^{[1][2]} 地表を大きく離れることのない運動では,\omega^2に比例する第4項はかなり小さくなり,無視できる。
 北緯\lambdaに原点を持ち,南方向にx軸,東方向にy軸,鉛直方向にz軸をとる地表系では,

\boldsymbol{F}=(X,Y,Z), \quad \boldsymbol{g}=(0,0,-g), \\
\boldsymbol{\omega}=(-\omega\cos\lambda, 0, \omega\sin\lambda)

として,次の成分表示を得る。^{[2]}

 \ddot{x} = \displaystyle\frac{X}{m}+2\omega\sin\lambda\cdot \dot{y} \\
\ddot{y} = \displaystyle\frac{Y}{m}-2\omega(\sin\lambda\cdot
\dot{x}+\cos\lambda \cdot \dot{z})\\
\ddot{z} = \displaystyle\frac{Z}{m}-g+2\omega\cos\lambda \cdot \dot{y}

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図1 地表に固定した座標系

自由落下における落下点のずれ

コリオリの力は通常,初歩的には「北半球では水平方向の速度に対して垂直右向き」に作用すると表現される。フーコーの振り子の振動面のずれは有名であり,また風向や海流に対して与える大規模な影響もよく知られている。高い塔からの自由落下における落下点のずれという現象は,結果が微小であるために典型的な例としてあげられることはほとんどないが,鉛直方向の運動に対して作用するコリオリ力の影響の例として興味深い。

 \boldsymbol{F}=(X,Y,Z)=0,\\
 \boldsymbol{r}_0=(0,0,h), \quad \boldsymbol{v}_0=(0,0,0)

の条件のもとで(3)を積分するが,速度成分\dot{x}および\dot{y}\dot{z}に比べてきわめて小さく,省略できる。すると積分結果は以下のようになる。

 x = 0, \quad z=h-\displaystyle\frac{1}{2}gt^2\\
y = \displaystyle\frac{1}{3}\omega gt^3 \cos\lambda

以上からtを消去すれば落下の軌跡として,

y=\displaystyle\frac{1}{3}\omega g \cos\lambda\left[\frac{2(h-z)}{g}\right]^{\frac{3}{2}}

を得る。これをNeilの放物線という。
 結果として落下点は東へずれる(例えば赤道上では100m落下で2cmほどになる)わけであるが,この現象は初歩的には,高い塔から落とした物体の自転による初速度が,地表の速度より(回転半径が大きいために)大きいことによって説明できる。しかし,そのずれの根源がコリオリの力であるということがやや意外な気がするのは,「コリオリ力=進行方向に向かって右向き」という丸暗記式の固定観念があるためであろう。われわれは鉛直下方に向かって「右側」を選択するすべをもたない。

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図2 Neilの放物線(赤道上の計算結果で単位は[m])

エトベッシュ効果

 地表を水平に運動する物体が受ける慣性力の影響のひとつに「エトベッシュ効果」がある。これもまた微小な効果であり,検出するにはかなり緻密・周到に準備された実験を要するが,理論的にはいたって簡単なものである。地表面で東西に水平移動する実験室において,重力が変化するという現象で,東へ進むときに小さくなり,西へ進むときには大きくなる。これは,実質的に自転速度が増減したことに等しく,重力に含まれる遠心力が変化するためにほかならない。

 東向きの速度成分Vをもつ実験室においては,遠心力項の自転の角速度が\omegaから\omega+V/(R\sin\lambda)に変わったのと同等と考えられる。ここで,Rは地球半径である。すると,自転による遠心力は,

 mR\cos\lambda\left(\omega+\displaystyle\frac{V}{R\cos\lambda}\right)^2 \\
\approx mR\omega^2\cos\lambda+2mV\omega

となる。第2項の重力への寄与は概ね-2mV\omega\cos\lambdaであるから,例えば赤道上で東へ1m/sで歩く体重60kgの人は,1g弱の重さの減少を生じる。東に向かうか西に向かうかで2g弱の変化を生じることになるわけである。これは,技術的には観測可能な大きさであり,実際に航行する潜航艇内での重力測定(Meinesz)等により確かめられている。^{[3]}

【参考文献】
[1] ランダウ=リフシッツ:「力学」(広重・水戸訳 東京図書,1976)
[2] 戸田盛和:「力学」(岩波,物理入門コース1,1988)
[3] 坪井忠二:「重力」(岩波,1944)

(初稿:2002/05/17)