地表系における自由落下点のずれとその近似について

1 自由落下における落下点のずれ

地球の自転による慣性力の影響については,いくつかの興味ある題材があるが,そのうちのひとつに,高いタワー上からの自由落下において,落下点が自転方向にずれるという現象がある。理論上最も大きくずれる赤道上でも,100m落下のとき2cm余りという微小なものであるから,省みられることが少ないが,鉛直方向の運動に対して作用するコリオリ力の影響の例として興味深い。また,通常の初歩的なコリオリ力の理解に反して,赤道上でその効果が最も大きいというのもやや意外である。^{[1]}
 コリオリ力の結果として,赤道上で高さ h だけ落下したときのずれ x_0 を計算すると次のようになる。

x_0=\displaystyle\frac{1}{3}g \omega \left(\frac{2h}{g}\right)^{\frac{3}{2}}     (1)

この現象は初歩的には,高い塔から落とした物体の自転による初速度が,地表の速度より(回転半径が大きいために=図1)大きいことによって説明できる。^{[2]} ただし,この場合近似のレベルによって係数に多少の差が出てくる。この係数の差を何に由来すると考えるべきかという疑問が,この小論のきっかけであった。

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図1 回転半径の差による速度のちがい

2 近似レベルによる係数の差

2.1 次元解析

最も粗い近似は,係数をはぶいた次元解析によるものであろう。[X] により物理量 X の次元を表すものとすると,ずれ x_0 に関与すると考えられる量とその次元は,

 [g]={\rm LT^{-2}} \qquad  [h]={\rm L} \qquad [\omega]={\rm T}^{-1}

となる。x_0=g^x h^y \omega^z とおいて,長さと時間の次元をとれば,次の連立方程式を得る。

\Big\{ \; \displaystyle{x+y=1
\atop
 -2x-z=0}

x_0 は第1近似として \omega に比例するだろうことが予想されるから,z=1 を仮定すれば,

x_0=g \omega \left(\displaystyle\frac{h}{g}\right)^{\frac{3}{2}}     (2)

を得る。これは係数を除いて(1)に一致し,最も粗い近似値を示しているといえ
るだろう(省かれた係数は 2\sqrt 2/3 \approx 0.94 であるから,実は数値としてはかなり近くなる)。

2.2 平面への落下とする近似

地表面を平面とする近似である。初速度は回転半径によって差がつくとしながら,地表面を平面とするのは矛盾があるが,初歩的でわかりやすい計算となる。タワー上の自転による速度 v_h と,地表面の速度 v_0 の差は,

v_h-v_0=(R+h)\omega-R\omega=h\omega

だから(図1),落下時間 t=\sqrt{2h/g} の間に生じるずれは,

x_0=h\omega t=\displaystyle\frac{1}{2}g \omega \left(\frac{2h}{g}\right)^{\frac{3}{2}}     (3)

となり,(1)に比べてやや大きくなる。

2.3 球面への落下とする近似

回転座標系におけるコリオリ力の扱いを免れるためには,慣性系における運動
を解析するしかない。その上で(3)が(1)に一致しないのは,地表面を平面とした
からにほかならない。そこで,あらためて中心力場における球面への落下を慣性系からみることによって,落下点のずれを評価してみよう。

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図2 球面への落下

 図2のように極座標 (r,\phi) をとり,r 方向および \phi 方向の運動方程式をたてれば,

 \Big\{ \quad \displaystyle{\ddot{r}=-g_0+r\dot{\phi}^2 \atop 
 r^2\dot{\phi}={\rm const.}}

となる。ここで,第1式の -g_0 は遠心力を含まない重力加速度であるが,実際の重力加速度 -g はもちろん遠心力項 R\omega^2 を含んいる。この遠心力項と右辺第2項との差はわずかであり,(1)の計算でも無視している。また,第2式は中心力場における角運動量保存則にほかならならず,右辺の {\rm const.} は初期値 (R+h)^2\omega に等しい。以上を考慮すれば,

 \Bigg\{ \quad \displaystyle{\ddot{r}=-g \atop \dot{\phi}=\left(\displaystyle{\frac{R+h}{r}}\right)^2\omega}

第1式を初期値 r_0=R+h のもとで積分すれば,r=R+h-gt^2/2 となるが,これを第2式に代入すれば,

 \dot{\phi} = \left(\displaystyle\frac{R+h}{R+h-gt^2/2}\right)^2\omega = \omega\left\{1-\displaystyle\frac{gt^2}{2(R+h)}\right\}^{-2} \approx \omega\left(1+\displaystyle\frac{gt^2}{R+h}\right)

となり,これを積分すれば次のようになる。

 \phi(t) = \omega\displaystyle\int_0^t\left(1+\frac{gt^2}{R+h}\right)dt = \omega\left\{t+\displaystyle\frac{gt^3}{3(R+h)}\right\} = \omega t+\Delta\phi

\Delta\phi が自転方向へのずれを示している。
t=\sqrt{2h/g} により,落下点のずれは,

 x_0=R\Delta\phi=\displaystyle\frac{1}{3}g\omega \frac{R}{R+h}t^3 \approx \frac{1}{3}g\omega\left(\frac{2h}{g}\right)^{\frac{3}{2}}     (4)

となり,(1)に一致する。

3 まとめ

極座標における運動方程式の持ち出しによって,決して「初歩的」ではないかもしれないが,少なくともコリオリ力の扱いを避け,慣性系における運動方程式積分することで,落下点のずれを導出することができた。
 (3)が(1)に一致しなかった原因は,(3)が水平方向の速度成分が v_\phi=(R+h)\omega(一定)であることを前提としているのに対し,実際には,中心力下の運動において球面である地表に平行な速度成分は保存しない(地表に近づくにつれて加速する)ことにあるといってよい。角運動量保存則が,この速度成分の変化を支配しているのである。

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図3 Neilの放物線(点線は水平速度一定とした放物線) 水平方向のずれの大きさは, g\omega\left(\displaystyle{\frac{2h}{g}}\right)^{\frac{3}{2}} の係数で示している

【参考文献】
[1] 地球上の物体が受ける慣性力に関する覚え書き - 科学のおもちゃ箱@Hatena
[2] 戸田盛和:「力学」(岩波,物理入門コース1,1988)

(初稿:2002/06/21)