電磁力と電磁誘導の対称性

手回し発電機でコンデンサ2次電池を充電した場合,手を離すと発電機がモーターとなって回りだす。このとき回る方向は意外にも(?)発電機として回していた方向と同じである。この問題に端を発して,いわゆる電磁力(モーターの原理)と電磁誘導(発電機の原理)の対称性について整理してみた。

まずは発端となったモーターと発電機の回転方向について考えてみよう。

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モーターでは,コイルがつくる磁場の方向が外部磁場の方向に一致しようとするトルクを生じる。一方,発電機では,誘導電流が外部磁場から受ける力が回転方向と逆向きのトルクを生じる。すなわち生じる力に関しても「変化を妨げる向き」=レンツの法則が成立する。手回し発電機による充電時に流れていた電流方向と,モーターに切り替わったとき(放電時)の電流方向は逆であるから,前者の強制回転方向と後者の回転方向とは,同一であることになる。
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電流が磁場から受ける力,いわゆる電磁力は「フレミングの左手の法則」。一方,磁場中を運動する導体に生じる誘導起電力は「フレミングの右手の法則」が簡便な記憶法となっている。「FBIはサウスポー」,右手則と合わせて2丁拳銃である。

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ミクロの目で見れば,両者は導体中の電子が受けるローレンツ力で統一的に説明されることはよく知られていることである。

\boldsymbol{F}=-e\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B}

ここで -e\boldsymbol{v} および \boldsymbol{F} は,モーターにおいては電流方向および導線が磁場から受ける力,発電機においては導線の移動(電子の強制移動)と逆方向および誘導起電力の逆方向(電子が磁場から受ける力方向)に当たるわけである。したがって,電磁力と電磁誘導とは,この場合対称であるどころかミクロにおいては磁場中を運動する電子が受ける力=ローレンツ力という同じ現象のマクロにおける異なる現れということになる。
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上のように,電磁誘導において,磁場中を導体が運動する場合はローレンツ力による説明が即可能であり,また下記の電磁誘導の法則によっても説明できるのであるが,一方,導体が静止していて外部磁場が運動する場合には,初歩的な説明の手段は電磁誘導の法則

V = -\displaystyle\frac{d\Phi}{dt}

のみに限られる。磁場静止系と,導体静止系の2つの慣性系間で法則の記述が微妙に異なるというこの矛盾が,アインシュタインを特殊相対論へと導くきっかけであったともいわれる。

さて,上のように考えてみると,ローレンツ力による説明はミクロの現象に即応してより基本的な感じがするのだが,実はそうでないことがわかる。導体が運動する場合と磁場が運動する場合の双方を初歩的なレベルで統一できるのは,電磁誘導の法則に他ならないわけだ。そしてまさに,電磁場の基本方程式のひとつがこの電磁誘導の式なのである。より基本的に見える(見かけ上に過ぎないが)微分形は,

\nabla \times \boldsymbol{E}=-\displaystyle\frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t}
となる。
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ローレンツ力とはいったい何ものなのか? 電場の項を含めて書くと,

\boldsymbol{F}=q(\boldsymbol{E}+\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B})

これは,速度 v で運動する荷電粒子 q とともに動く座標系への電場のローレンツ変換に他ならない。

\boldsymbol{E}^\prime = \boldsymbol{E}+\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B}

ただしこの表式は,速度 \boldsymbol{v} の大きさが光速より十分小さい場合の近似である。

相対性理論において,電場ベクトルと磁場(磁束密度)ベクトルは電磁場テンソルという反対称テンソルに統一され,ローレンツ変換によって両者の成分は混じり合って変換されることになる。そして,電磁場の基本法則がマクスウェル方程式という,まさにローレンツ変換によって形を変えない(共変的な)ベクトル方程式になる。電磁場テンソルを用いて記述すると,マクスウェル方程式はよりエレガントに圧縮されたテンソル方程式となるのである。

基礎方程式の共変性に,ローレンツ力の変換としての本質・・・マクスウェル方程式に集約される古典電磁気学の美しい体系は,ハナから「相対論的」であったわけだ。電磁誘導に関するアインシュタインの疑問に対する突破口は,まさに古典電磁気学基本法則そのものの中に潜んでいたのである。

(初稿:2009/02/03)