地球自転の遅れと月の後退

潮汐摩擦による地球自転の遅れと月の後退に関して、初歩的な考察を試みた小論の再掲。

地球自転の遅れ

地球の自転はしだいに遅くなっていることが知られている。実際,自転周期は大気や水の循環,また地震地殻変動,地球内部の物質移動などの影響により上下変動していることが天体観測によって直接確認されている。たとえばスマトラ沖地震の際の地球の変形では,扁平率のわずかな減少により地球の地軸まわりの慣性モーメントが減少し,自転周期が 2.68μs だけ短くなったであろうことが試算されてもいる(ただし,この変動は残念ながら現在の観測精度では直接確認できないとのことである)。


 自転の長期的な遅れについては,最近の直接観測を含め,様々な方法によって推定も行なわれているが,100年間あたり約1.7msと見積もられており,その主な原因は海洋潮汐による摩擦にあるとされている。簡単なモデルで考えれば,月の引力によって引き止められようとする水の中で固体地球が自転しているために,自転にブレーキがかかるということである。

月の後退

さて,太陽と地球公転の影響が小さく,地球-月の系が相対的に独立と考えることができるとすると,地球自転の遅れは月公転半径の増加をもたらす。なぜならば,地球自転の方向と月公転の方向がほぼ同じであるために,地球-月系全体の角運動量が保存される場合,自転の遅れによる自転方向への角運動量の減少が,月公転の角運動量の増加をもたらす結果となるからである。これは,初歩的には図1のように海水と月との間の万有引力について,作用反作用の法則が成り立つことにより説明できる。


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図1:月は満潮の袖を引いて加速する

 自転にブレーキをかけている力は直接には海水と固体地球との摩擦力であるが,それらの間の相対運動を引き起こしている原因は月の引力である。満潮部分P点近傍の水が月に引かれると,月はその反作用を受ける。この海水からの引力の合力が,月の公転を加速すべき軌道接線方向の成分をもつことは容易に推測できる。この際に,海水の満潮部分が固体地球の自転による引きずりによって月方向からずれていることが影響している。実際,満潮時刻は月の南中から平均して数時間遅れることが知られている(地形などの影響が大きいため,このずれは場所によってかなりの幅を持っている)。
 以上のように接線方向の分力により加速される結果として,月は地球から後退をしていくわけである。ただし,おもしろいことには,公転軌道半径の増加によって結果的に月の公転による速さは遅くなる。「加速されたために減速する」という,一見矛盾した結果を生じることになるのである。

簡単なモデルによる試算

問題の本質をこわさない範囲で,大胆に単純化したモデルで理論計算を試みてみよう。まず月の公転軌道は半径 r の円であるとし,その回転軸は地球の自転軸(地軸)に一致しているとする。太陽及び地球公転等の影響は無視でき,したがって地球-月系において力学的エネルギーは摩擦によってわずかに散逸するが,角運動量は保存されるものとする。地球の質量 M,慣性モーメント I は変わらず,その自転角を \theta とする。月の質量は m,公転角は \phi とし,またその自転は無関係として無視する。この単純化によって考えるべき自由度は3に減り,対応する座標は \theta,r,\phi である。以上のモデルの単純化に加えて,2次以上の微小量を無視して近似するものとすると,各座標に対応する運動方程式

\theta : I\ddot{\theta} = -N\\
r: mr\dot{\phi}^2 \simeq \displaystyle\frac{GMm}{r^2} \\
\phi : \displaystyle\frac{d(mr^2\dot{\phi})}{dt} = N

となる。ただし,G万有引力定数,N は地球自転を減速し,したがってまた月公転を加速するトルク(力のモーメント)とした。(1),(3)は角運動量保存

I\dot{\theta} + mr^2\dot{\phi} = \textrm{const.}

を与える。

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図2:地球-月系の単純なモデル

 以上の方程式の中で,N は直接の定量化がほとんど望めない量である。したがってこれらを解いて運動 (\theta,r,\phi) を決定することは不可能であり,この問題で目的としている自転周期 T=2\pi/\dot{\theta} の変化率 \dot{T} および月の後退の速さ \dot{r} を求めることはできないが,その比を求めることはできる。(2)から,

\dot{\phi} \simeq \displaystyle\sqrt{\frac{GM}{r^3}}
これを(4)に代入すれば,

I\cdot\displaystyle\frac{2\pi}{T} + m\sqrt{GMr} = \textrm{const.}

となる。微分をとれば,

-I\cdot\displaystyle\frac{2\pi}{T^2}dT + \frac{m}{2}\sqrt{\frac{GM}{r}}dr = 0

となるからこれを整理して,

\displaystyle\frac{dT}{dr} = \frac{m\sqrt{GM}}{4\pi I}\cdot\frac{T^2}{\sqrt{r}}

を得る。各数値の概数

G = 6.67\times 10^{-11} \textrm{[Nm$^2$/kg$^2$]} \\
M = 5.97\times 10^{24} \textrm{[kg]} \\
I = 8.0\times 10^{37} \textrm{[kgm$^2$]} \\
m = 7.35\times 10^{22} \textrm{[kg]}  \\
r = 3.84\times 10^8 \textrm{[m]} \\
T = 24\times 60^2 \textrm{[s]}

を代入すれば,

\displaystyle\frac{dT}{dr} = 5.6\times 10^{-4} \textrm{[s/m]}

となる。実際測定によって見積もられている値 \dot{T}=1.7\times 10^{-5}[s/y],\dot{r}=3.8\times 10^{-2}[m/y]で計算すると,

\displaystyle\frac{dT}{dr} = 4.5\times 10^{-4} \textrm{[s/m]}

となるが,この \dot{T} は海洋潮汐摩擦のみによるものでなく,他の主な長期的原因として地球の慣性モーメントの減少による自転の加速を差し引いた分であろうと考えられている。海洋潮汐のみによる自転の遅れは,\dot{T}=2.3\times 10^{-5}[s/y]と見積もられており,これを用いれば

\displaystyle\frac{dT}{dr} = 6.1\times 10^{-4} \textrm{[s/m]}

となる。ただし,海洋潮汐のみによる \dot{T} の見積もりは,逆に理論計算によって得られたものであろうから,計算値の程よい一致は以上の単純化したモデルと近似した方程式の妥当性を示したにすぎない。

【参考文献】
山賀 進:(潮汐による自転の遅れについて)
http://www.s-yamaga.jp/nanimono/uchu/jikokutokoyomi-02.htm\# 宇宙の科学
日置幸介:「スマトラ沖地震と地球」
http://www.hokudai.ac.jp/science/science.htm

(初稿:2005.08.14)