保存力としての張力

次のような質問を拾った。
「糸の張力を保存力としてあつかえるのはなぜか」
初め、趣旨がよくわからなかったが、次のような問題場面に関しての疑問である。

【問題】
ピンと張った長さ 2l の糸の両端を固定し、中央に質量 m の質点をつけた。質点を糸に垂直にはじいたときにおこる微小振動の周期を求めよ。重力は無視でき、糸の張力 S は一定であるものとする。

【解答】
糸のつり合い位置からの角変位を \theta とすると、質点の変位は近似によって l\theta と書ける。このとき復元力は、2S\theta と近似できるから、運動方程式

 ml\ddot\theta = -2S\theta

これは単振動の方程式にほかならず、周期は
T = 2\pi\sqrt{\displaystyle\frac{ml}{2S}}
となる。

質量が無視でき伸び縮みしない、というのが理想化された糸であり、糸は通常単純な力の伝達装置としてのあつかいとなる。しかし、この場面では糸が伸び縮みしなければ質点の変位は考えられない。なおかつ、張力一定なのにもかかわらず、弾性エネルギーの変化が生じるという不思議な存在になっているのである。

糸をばねにおきかえて(弾性体として)考察してみた。
弾性力を一定とした近似がほどよい近似であることを、シミュレーションは示している。

f:id:yokkun831:20210108183539p:plain

この張力一定の近似は、弦を伝わる横波の1次元波動方程式を導出する考察においても現れる。今までは近似の所産として受け容れてきたが、確かによく考えてみると最もな疑問である。

そこで、弾性エネルギーと復元力のエネルギーを計算比較してみた。同じになるべきことは明らかだが、数学的に立証しようというわけだ。

復元力のエネルギー

張力は、糸(ばね)の自然長 l_0 として、
S=k(l-l_0)
したがって、運動方程式
ml\ddot\theta = -2k(l-l_0)\theta
復元力の係数は
K = \displaystyle\frac{2k(l-l_0)}{l}
であるから、復元力のポテンシャルエネルギーは
U=\displaystyle\frac{1}{2}K(l\theta)^2 = \frac{k(l-l_0)}{l}(l\theta)^2
となる。

弾性エネルギーの増加分

ポテンシャルエネルギーは糸(ばね)にたくわえられるものである。そこで、ばねの伸びを考察して弾性エネルギーの増分を導出する。角変位 \theta におけるばねの追加の伸びを {\it\Delta}l とすれば、
U = 2\times\left\{\displaystyle\frac{1}{2}k(l+{\it\Delta}l - l_0)^2 - \frac{1}{2}k(l - l_0)^2\right\} \simeq 2k(l - l_0){\it\Delta}l
ここで
\cos\theta \simeq 1 - \displaystyle\frac{\theta^2}{2}
\cos\theta = \displaystyle\frac{l}{l+{\it \Delta}l} \simeq 1 - \frac{{\it\Delta}l}{l}
より、
{\it\Delta}l = \displaystyle\frac{l\theta^2}{2}
を適用すれば、
U = \displaystyle\frac{k(l-l_0)}{l}(l\theta)^2
を得る。

変位角 \theta を通じて、後者における伸びの弾性エネルギー増加がそのまま前者の復元力のエネルギーに反映されていることがわかる。