斜面台への落下(力学的エネルギーは保存されるか?)

2020年東北大の力学問題を解説する動画がいくつかある。
問題
https://bouseijuku.sakura.ne.jp/2020tohoku-buturi-mondai.pdf
解説動画
2020 東北大物理 第1問解説 - YouTube
東北大学 2020年物理入試 全問題解説 #高校物理 #大学入試問題解説 - YouTube

最初見たとき、なるほどなあと一度は納得しかけたが、最終的にこれらの解説は誤りであると確信するに至った。要するに、衝突の全過程を経て力学的エネルギーは保存されるのか否か、という問題である。

小球が h の高さを落下して、v_0=\sqrt{2gh} の速さでなめらかな台の斜面に弾性衝突をする。台は摩擦のない床の上に静止しており、衝突後に速度 V で動き出す。問題では、小球と台との間の撃力の力積 P_1=P および、台と床の間の撃力の力積 P_2 を設定し、力学的エネルギー保存を用いてそれらを求めた上で、最後に台から見た小球のはねかえり方向の水平からの角度 \alpha を要求している(問題では M=5m に限定)。

動画解説は、P_1 を受けた台は衝突方向の仮想速さ 2|V| のうち鉛直成分が P_2 によって失われるので、力学的エネルギー保存は 2|V| で立式すべきだという主張である(V\lt 0 は衝突後の台の速度)。

mgh = \displaystyle\frac{1}{2}m({{v^\prime}_x}^2 + {{v^\prime}_y}^2) + \displaystyle\frac{1}{2}M(2V)^2

私の解釈は、台は P_1P_2 を同時に受けた上で、水平方向の速度を獲得し、なおかつ小球との弾性衝突を完了する、というものである。つまり、衝突の全過程を通じて力学的エネルギーは保存されると考える。動画へのコメントによれば、「赤本」はこちらの解釈をとっているらしい。

mgh = \displaystyle\frac{1}{2}m({{v^\prime}_x}^2 + {{v^\prime}_y}^2) + \displaystyle\frac{1}{2}MV^2

①小球と台、台と床の間の撃力の作用は同時であると考えるべきである。
②その上で、台は2つの撃力の合力の力積を水平方向に受けて運動を始める。
③衝突の間作用する床からの撃力は、静止した台に仕事をすることはなく、単に運動方向を限定する束縛力として作用する。
④したがって、衝突の全過程を通じて力学的エネルギーが保存され、結果として衝突方向の反発係数1が実現する。

これが私の主張だが、動画解説は2つの力積の作用に時間差を適用し、仮想される台の速度のうち鉛直成分が失われる、と主張する。この考え方は、「ニュートンのゆりかご」すなわち連続衝突球の運動においては正しく適用される。つまり、衝突は2球の間だけで起こり、第2球は仮想される速度で第3球と衝突する。このとき、衝突は順次時間差をともなって起こるとする。これは実際に球どうしは接触していても、球内を弾性波が伝わるのに有限の時間を要するから、次の衝突は時間差をとって個別に考察しなければならない、とするのである。

問題では、
「衝突によって、台は床からはなれることはなく、x軸に平行な方向(水平方向)にのみ運動するものとする」
とのことわりがあり、その上で
「力学的エネルギー保存則を適用することにより、P を…の中から必要なものを用いて表せ」
と要求している。
これは、台と床との間の垂直抗力は、衝突時の撃力を含めてあくまで運動方向を制限する束縛力であり、剛体としてあつかうべき台と床の変形や鉛直方向の運動を禁止している以上、台が床から仕事を受ける余地はないことを宣言しているのではないだろうか。

Algodooシミュレーションは、私の解釈を支持している。ちなみに、床の反発係数を0と1の両方を試してみたが、どちらでもシミュレーションは変わることがなかった。Algodooは剛体が受ける撃力に時間差を考慮しない正しい立場をとっている。否、Algodooは衝突において剛体どうしの「食い込み」を許しそれをもって衝突を評価しているので、時間差は考慮するものの P_2 の影響はただちに P_1 の大きさに反映するものとしているのである。

台の衝突面が水平だったらどうなるか、と考えれば動画の解釈への疑義は一層深まるだろう。小球と台は弾性衝突をしながら、台は床と非弾性衝突をして力学的エネルギーは保存されないことになる。解説動画の立場に立てば、反発係数1の弾性衝突はあり得ないことになる。

剛体の理想化をはずして、弾性波の伝搬を考えてみる。衝突時間は 1msec. の程度と考えてよいだろう。一方弾性波の速度(音速)は鉄で約6km/s、ポリスチレンで約2km/s というオーダーである。すると、数十cm 程度の台の大きさでは弾性波は衝突時間内に数回は台の中を往復することになる。つまり、P_1 による弾性波は P_2 を引き起こすが、そこで引き返して小球の衝突位置との間を数回往復する間も小球はまだ台との衝突を継続しているのである。したがって、2つの撃力の力積は相互に影響し合った結果となる。つまりそれぞれに独立ではありえないのだ。

下記は、正しいと思われる解説
https://bouseijuku.sakura.ne.jp/2020tohoku-buturi.pdf


Algodooシーンのダウンロード
https://img.atwiki.jp/yokkun/attach/1/1523/sankakudai-heno-rakkka.phz