物体が水平な床上で初速度を与えられ、動摩擦力によって減速停止する運動を考える。このとき、物体は動摩擦力によって負の仕事を受けて運動エネルギーを失い、それは摩擦熱となって散逸する。
床はその反作用である動摩擦力によって正の仕事をされてしかるべきだが、どうなのか?
いや、床は静止しているのだから仕事をされていない。
相互作用である力による仕事にこのような不平等があってよいものだろうか?
動摩擦力は間違いなく床+地球に対して仕事をしているはずである、というのが今回の主旨。
早い話が、物体と床+地球の系において運動量保存の成立を考えるならば、床+地球は物体が滑っている間動いているはずだが、あまりの質量の大きさからそれは観測できない、ということである。もっとも、物体が投げ出されるところから考えれば、何らかの形で必ず床+地球を後ろに押したはずだから、床+地球はまず後ろに動き出し、動摩擦力によって物体が減速している間に同様に減速して一緒に停止するわけだ。また、床+地球は剛体ではないから、物体から受ける動摩擦力がただちに床+地球に速度を持たせることはないだろう。そういったもろもろの混乱を避けるために、ここは床+地球を水平面を摩擦なく滑る大きな台に置き換えて単純化した上で考察してみる。
滑らかな水平面上に置かれた台の上に飛び移った物体が、水平な台上をすべって停止するまでの運動を2つの立場から考察してみよう。
静止系(慣性系)から見た物体と台の運動方程式を
とする。辺々加えれば0となり、運動量保存を得る。
ただし、物体の初速度 、物体と台の最終速度 である。
併せて、エネルギー原理(の和)を書いておこう。
さて、転じて台とともに動く立ち場に乗ってみる。物体の運動方程式は
である。右辺第2項は、慣性力を表す。台の運動は観測不可能であるものとすれば、その影響は慣性力のみに帰すべきものとなる。
であるから、2つの立場は同じ方程式の解釈の違いに他ならない。
台に乗った立場では台の運動量は直接観測できないから、運動量保存は書けないが、物体の運動量変化は動摩擦力と慣性力の力積によるものであることは言うまでもない。
さて、問題はエネルギー原理である。当然、慣性力による仕事が考慮されなければならない。
ここに
は、台から見た物体の滑り距離である。
2つの立場を比較すると
でなければならないことがわかる。つまり、慣性力による負の仕事の絶対値は、慣性系から見れば物体+台が最終的に持った運動エネルギーになるべきである。
材料はそろっているので、確認してみるとよい計算練習になるだろう。